リリカカプセルの離脱症状 


このブログ書くことにためらいを感じていました。ハッピーエンドで報告をしたかったからです。母の百か日も過ぎ、リリカカプセルの安易な使用を防ぐためにここに事実を書きます。 

427日以降の5月連休はじめの頃から、腰の痛みがひどくなり、N整骨院に通うようになりました。
57日腰の痛みがひどくなる一方なので、N総合病院整形外科を受診リリカカプセル(一日100mg朝晩服用)一週間分を処方されました。(514日にMRI検査の予約を取りました。)
58日、私は、現在の母親の症状、体全体が痛くなった事から線維筋痛症を疑り始めました。(後から考えてみるとそれは、リリカカプセルの副作用の始まりだったのです。)
510日、明日、日曜日で休みなので無理してN整骨院に車で連れて行こうとした時、玄関の外で腰から先が麻痺したようになり腰砕けで地面に座り込んでしまいました。それでも何とかN整骨院で施術してもらいましたが、N整骨院の先生に『一週間位色々とやってみましたが、今日の状態はひどく私の手には負えない』と言われてしまいました。(リリカカプセルはやばいと感じ、薬の量を半分減らす。)
512日、どうしても腰の痛みに耐えきれずN総合病院整形外科を受診、最初に受けた担当医ではないので、『骨粗鬆症による第4腰椎の骨折と座骨神経痛の痛み』と言われ足の甲の浮腫も座骨神経痛からきているとのこと、余りよく見てもらえず、その脚でH薬局(漢方薬)に行き漢方薬を調剤してもらい漢方にすがるしかありませんでした。
514日、N総合病院整形外科、MRI検査を受けようとするが、痛みで仰向けになれず断念、神経ブロック注射を受けるが全然効かず。二回目のリリカカプセル処方(一日100mg朝晩服用)、今度は激しい眠りに襲われる。しかし、眠っている時は、痛みを忘れられる様なので続けて服用する。
515日、線維筋痛症を疑って、線維筋痛症に詳しいG整形外科医院を受診。結果は、線維筋痛症ではなく骨粗鬆症による第4腰椎の骨折、最近骨折したばかりとの事。
520日、夜急に38°の熱と寒気に襲われ救急車でN総合病院に搬送
521日(リリカカプセル投与中止日)、N病院整形外科病棟に入院、急性腎盂腎炎の疑い検査で尿を取ると血尿になっていた。尿中にばい菌がいっぱいいるとのこと。
521日以降2週間位たぶん、骨折の痛みと(リリカ離脱の副作用の痛み?)で痛みの強さは最高に達していたと思います。(鎮痛剤と合わせて、痛み止めの注射を一日一回打つようになる。)
524日、さらに詳しく検査してみると心不全、肺水腫にかかており心臓と肺に水が溜まっているとのこと、管により強制的に尿を排出さ、鼻から酸素吸入し、抗生物質の点滴を受ける。この頃盛んに目が霞んで目が見えなくなる(霧視)と言って心配をしていました。
610日前後以降、抑うつ気分、記憶障害、食欲不振、味覚障害が出てきました。
625日前後、遅発性ジスキネジアの症状が起ったのと前後して、丸一日、記憶喪失状態が続きました。
711日、N病院整形外科病棟を退院(リリカカプセル投与中止51日後)、J病院回復期リハビリ病棟に転院。(リリカ離脱症状は少し落ち着いて安定していました。)
714日、頭痛、発熱、腹痛、吐き気があり、食事をとると嘔吐してしまうので栄養剤の点滴をするようになりました。
721日前後、一日中ぼーとしている、何か呼びかけると言ったことをもう一度聞き直す、一言しゃべって眠りの状態に戻ってしまう。傾眠状態になる。
722日、食事をとると嘔吐してしまうので、CTを取ることになり結果、お腹に空気の影が有るとのこと胃又は十二指腸潰瘍の可能性あり。
723J病院を退院(リリカカプセル投与中止63日後)、胃潰瘍になりN病院消火器外科病棟転院、点滴開始。環境の変化に頭が適用出来ずパニッリ発作を起こしてしまいました。看護師では対応出来ず兄が、病院から呼び出しをくらいました。
724日午後面会にいくと、昨日のことは覚えていないのですが、少し正気に戻っていて、廻りのことに気付くようになっていました。
725日前後、十二指腸潰瘍のため点滴をやり始めてから尿失禁の症状が表れるようになりました。
726日午後何人かが御見舞いに来ていたので少し正常に戻っていました。
728日、被害妄想が激しくなっていました。
729日、遅発性ジスキネジア(口の廻り筋肉の異常)の症状が改善してきました。
730日(リリカカプセル投与中止70日後)、2回目の記憶喪失状態。
731日、記憶喪失状態は納まったが、午前中嘔吐、どうも口が渇くようだ。
81日、記憶障害、抑うつ気分、体調が一日置きに好不調の波がある。
82日、調子が良い日
83日、不調の日
84日、調子が良い日
87日、内視鏡・エコー検査。この日を境にして強い眠気と脱力感に襲われ、816日頃まで続く
817日から819日、やっとリリカ離脱症状から解放されたように、頭の意識が正常になったのですが、手の甲にむくみが出来始め、19日にはそのむくみが肘に来ていました。この間軽い脱力感があり、車椅子で散歩するのも億劫がっていました。
820日、午前3時半ごろN病院から連絡があり、心肺停止のこと。母、午前520分永眠。原因不明、病理解剖するかと言われ拒否しました。

亡くなった後、担当医師に初めて点滴に、ナトリウム、カリウムを混ぜて入れ調整していたことを聞かされました。何度もリリカ離脱症状だと注意を促していたにもかかわらず担当医師は、リリカの離脱症状と認めていなかったのです。 

Posted: 金 - 12月 12, 2014 at 01:52 午後          


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