最小限住居の試作 設計:増沢 洵


新建築 1952年7月号 昭和27年の住宅になります。建築の設計をしている者には、あまりにも有名な建物です。25年位前、設計事務所勤めをしていた頃、そこの事務所で1/30の模型を作った事があるのですが、模型を作るのに資料探しで新建築社からこの雑誌のコピーをもらってきた記憶があります。新建築 1952年7月号には、最小限住居の試作の図面・ディテールがほとんど載っています。今回インターネットの古書店で、手に入れる事が出来たので書いてみる事にしました。

増沢 洵がこの自邸を建てる時のデザインコンセプトは、正直さ、単純さ、直截さ(まわりくどくないこと)、経済性であったと言っています。設計者としては経済性を求めるのはごく当たり前の事なので、素直で単純明快なデザインと言う事だと思う。浴室は寝室の付属になっていて、寝室からしか使えません。玄関はなく、居間に下打箱が置いてあり、すのこのベランダで靴を脱いで直接居間に入ります。窓は、水回り以外は、ガラス戸と障子(ブラインド、カーテンの代わりとして)、北面の窓は雨戸も付いている。写真には居間の掃き出し窓に雨戸は付いていませんが、多分付いていると思われる。この建物のためにデザインされた家具よって、空間の使われ方が容易に想像出来る。小さいからこそ隅々まで考えられた建物になっていて、タンス二竿、ミシン、オーディオのスピーカー、製図板が既にあった事が分かり、それをどこに置くかまで、自邸であるからこそリアルに生活が見えていたのだろうと思う。ただ将来を見据えていたかと言うとどうもそうでないようだ。



次にこの建物の空間について言うと1階天井、小屋裏構造材表しになっていて、余分なデットスペース(天井フトコロ)がなく階高、天井高が押さえられていて1階内法6.6尺(2,000)で差し鴨居がきています。構造体表し、障子、天井の低い、小さな空間、一階居間と二階書斎・家事室をつなぐ階高7.4尺(2,242)の低い吹抜けが居心地の良い一体空間つくり出す。



すべてをコンパクトに納めると言う感性は日本人好み、まさしく全てに置いて最小限住居になっている。でも建物は200坪の敷地にぽつんと建ってられた。

Posted: 水 - 4月 3, 2013 at 04:48 午後          


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