感念の建築 


いつの時代になっても人々の心を感動させ古びない普遍的なものを感じさせる建築がある。 

そのことを表現する事が出来る『感念』という言葉を見つけた。日本語ではあまり使われない言葉だ。ちなみに中国語で『感念』という言葉は〈感謝の気持ち〉という意味らしい。キーボードで[かんねん]と入力して変換すると「観念」と出てしまう。この言葉を辞書で調べると〈物事について抱く考えや意識。〉で個人的な思いを意味するようだ。この言葉はあくまで一個人の感覚や考え方のようだ。
 では『感念』を辞書で調べると《物事についての感じ方、考え方》で物事についての感じ方を考えることであってそこには必ず他者の考えが含まれる。一個人の感覚や考え方では無いと言うことです。それはあくまで他者を意識した物事についての感じ方や考え方です。『感念』は、単なる個人的な感覚のデザイン表現では無いということです。
 ここにあまりにも有名なルイス・カーンの思索の概念「The Room」のスケッチを見ることにします。


この部屋の暖炉の窓際のところに1人が座っていて、向かい合うようにもう1人の人物が薄っすらと書かれています。これは私の考えです。部屋としてのデザインが成立するにはもう1人の自分(もう1人他者でもいい)必要だということです。客観視できるもう1人の自分(他人)です。
 もう一つの例を村野藤吾の(新建築6605・別冊新建築 日本現代建築シリーズ⑨村野藤吾 p.6)の会話から見てみます。
『どうしたら人間に対して、人間が生きる方向に沿った設計ができるかということ,これを終始一貫考えています.そのときどき,空間のとりかた,空間の刻みかた,連続の仕方,それから空間がどうつながるということから,いろいろな材料を組み合わせて,その陰影が,その面から発するひとつの影がどうなるかということ,それからそのはしばしのこと,ものの切れめ,それと空間とのつながりとうようなことを考えて,どうしたら人の心に良い影響が与えられるかということをですね.これはどんな場合でも私にはついています.』
 自分がデザインしたものが単なる個人的な感覚のデザイン表現なのか、自問自答する時間が必要なのです。ルイス・カーン、村野藤吾の建築は、『感念の建築』と表現したい。 

Posted: 金 - 5月 13, 2016 at 06:05 午後          


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